活動記録 2019年1月3日 雄勝中央地区春祈祷(胴ばやし獅子舞味噌作愛好連 )

事務局の四倉です。

先日1月3日、神山会長、畠中副会長を始め、保存会の約半数が所属している雄勝町胴ばやし獅子舞味噌作愛好連(以下 愛好連)で春祈祷に参加してきました。
雄勝町内では1月2日〜6日、24日に各地区で春祈祷が行われ、愛好連は原・味噌作地区を周ります。

今年もいつも通り、3日に旧上雄勝の新山神社に集まり祈祷をしてから原・味噌作〜来塞神地区の各家々を回りました。今年は石巻復興きずな新聞社編集長の岩元暁子さんも篠笛奏者として参加しました。

岩元さんが2011年6月、仮設きずな新聞(復興きずな新聞の前身)の記者になった時に一番初めに取材をしたのが愛好連の副会長の佐藤均さん。雄勝の郷土芸能、獅子舞に対して気合いがこもった、とても熱い話に感銘を受けたとのことでした。
その後も佐藤さんと岩元さんの交流は続いて、いつしか関わっていきたいと思うようになったそうでした。

僕自身も岩元さんの話に感銘を受けましたし、そうやって雄勝に関わろうとしてくれる気持ちがとても嬉しかったです。
去年から時間が空いた空きに何度も家に通ってもらい、ずっと篠笛を練習してようやく迎えた岩元さんの初の本番、雄勝の春祈祷。


今年は晴れてはいましたが、風はとても冷たく体感温度がとても低い日でした。
僕は足袋靴を履いていたので足元から冷えてブルブル寒がっていたら、先輩が防寒長靴を貸してくれました(笑)

新山神社で、地区の方々、愛好連みんなでご祈祷。



ご祈祷が終わり、境内での獅子舞。去年から、大工さんをしている愛好連の方のトラックの荷台に太鼓を乗せて山車スタイルに。移動が本当に楽になりました。






雄勝中央復興団地。
本来は旧下雄勝、伊勢畑の獅子舞の方々が廻る場所ですが、高台引っ越しなどでバタバタして体制が整わない為、今年は愛好連が廻らせてもらいました。

  

高台から見える雄勝湾はいつも通り綺麗でした。
横に目をやると、法面が殆ど無い10m近い工事中の防潮堤が立っておりなんとも言えない気持ちになります。



来塞神地区。
愛好連副会長の佐藤さんのお宅があった場所。津波で流されてしまいました。




味噌作地区のある場所で、3.11震災の犠牲者へむけて黙祷。愛好連の会員も数名大津波の犠牲になりました。



黙祷の後に、獅子舞を舞う。



山ノ神。



どんどん、上って行き原地区へ。



少し身体が冷えてきたので、太鼓の方に回る。あまり慣れていない大太鼓パートを打っていたら、佐藤副会長より熱血指導が入りました。

副会長「バチを握る手は、こう、柔らがぐー!!」
四倉「はいぃぃ!」

副会長「こら、構えが黒船太鼓になってとー!」
先輩「わはは、気抜くとすぐこれだ、ちゃんとその足直せー、蹴ったぐっと!」
四倉「はいぃぃ!!」

まだまだ修行の道のりは長いです。



味噌作・原地区の復興住宅へ。




森林公園仮設住宅団地。今年度で仮設住宅は無くなり、復興住宅への移住が完了するとのことで、最後の仮設住宅廻りになりました。
3.11震災から8年、短いようで長い年月。本当にようやくです。





途中で味噌作・原集会所で地域の方が振る舞ってくれた豚汁やおにぎりなどでお昼休憩をしてから移動。

雄勝町を出て、河北町に出来た二子復興団地。多くの雄勝で津波被災した人たちが集団移転した場所です。黒船太鼓の神山会長や、愛好連の川田会長も二子復興団地へ移転しました。初めて二子で春祈祷を行い、沢山の人に喜んでもらいました。





春祈祷の最後まで吹ききった岩元さん。お疲れ様でした!



この記事の写真全ては牡鹿の半漁半カメの鈴木省一さんに撮っていただきました。

愛好連の春祈祷が新聞記事にもなりました。

2019年1月4日 朝日新聞
Web版:https://www.asahi.com/articles/ASM134G6LM13UNHB003.html

2019年1月5日 石巻かほく
Web版:http://ishinomaki.kahoku.co.jp/news/2019/01/20190105t13005.htm




2019年1月10日 石巻復興きずな新聞


岩元さん記事(十五浜便り)はFacebookのこちらでも読むことができます。
(追記あり)



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